どうも、はやて(@hayate_cwrkh5)です。
「大人になったらどんな生き方をしてるのかなぁ」
だなんて、いろんな妄想なり、夢だったり、子どもの頃に思い描いていた20代と
ぼくが今ぶちあたっている20代の現実って全然ちがくない!?って想いをカタチにしてみる。
仕事、結婚、子育て、住む場所、お金...20代の悩みを全部晒してみた
自分のことを思いっきり棚に上げて話すとするなら、これまでこの悩みたちを
真剣に考える機会や時間なんて一切なかったといっても過言ではないのかもしれない。
だれもが義務教育で、とりあえず勉強し、とりあえず受験をし、とりあえず就職する。
そして社会に出て、はじめて現実やら、大人の事情とやらに直面して悩み始める。
あくまで、思いっきり人のせいとか、社会のせいにするとこういう言い方になるけど
これって自分で氣付けたらもっと早く準備してたよなって心底思うんだよね。
だからまだ、今考えれば間に合うよって人たちに向けて、この記事は、
考える時間がたっぷりあった過去に、考えなかった自分の教訓として赤裸々に残しておく。
仕事について
大多数の人は大学へ進学し、4年間のモラトリアム期間を経て、就活、そして就職をする。
中には大学を辞めて夢を追うものもいれば、そもそも働きたくないとニートになる人もいる。
自分はどうかといえば、大学卒業間近に退学、役者の道を目指して活動したのちに
自転車で沖縄まで移動し、コテージの管理人を務めたところまで来た。
その他、ブログでの収入とライターの仕事もしてて、必要最低限のお金は何とか稼いでいる。
それこそ1年前の自分の就活を振り返ってみると、やけに威勢がよかったなというか笑
- やりたくないことはやらん!
- やりたいことをやるんだ!
- 時間や場所、会社に縛られないように!
- お金のためには働かないんだ!
- 今自分の向いてることはこれだ!
だなんて、社会に出たこともないような若造が、去勢を張ってたなって。笑
悪く言えば、盲目だったし、働くの嫌だーって人に目を向け過ぎてたのかもしれない。
ただ、この1年間を通して、仕事に求めることが少しずつ変わってきたように思える。
仕事を辞める理由って何だろう?
そもそも仕事が憂鬱だって人たちの理由ってなんなの?って聞いてみたら
- 自分の時間がなくなるから
- やりたいことじゃないから
- 給料が安過ぎるから
- 職場の人との人間関係がうまくいかないから
って聞いて、良い意味で就活の時にこの情報を手に入れられることはないし
ましてや会社の雰囲氣とか、人事や会社の人がよかったからとか、なんとなくで決めて
結局なんとなく嫌になって、なんとなくフェードアウトしていくんだろうなって。
ただ、たった1年ではあれど、いろんな人を見たり、いろんな働き方を見たりする中で
これはきっとそうなんだろうなってことがわかってきたから、それを残しておくと、、、
やりたいことがないは当然だ
「やりたいことがない」
ってのは、至極当然のことだと思うようになってきた。
だって、やりたいことどうこうの前に、自分のことを知らないんだもん。少なからずぼくはそうだった。
- 何が好きで
- 何が嫌いで
- 何が得意で
- 何が不得意で
- どんな時に嬉しくて
- どんな時に落ち込んで
- どんな時に怒って
- どんな時に悲しむのか
- どうやったら立ち直って
- どうやったら最大限のパフォーマンスを発揮できるのか
すら分からなかったのに、やりたいことを先に考えてもわかるはずないよなって。笑
それに、そもそもたった20年間しか生きていない間にしてきたことなんてたかが知れてる。
>>関連記事 : 自分のことがわからない人は、ツイッターの「いいね」を見ろ
- 義務教育下での教師
- 部活やスポーツ
- 偏差値勉強
- 委員会活動
- アルバイト
- 学外活動
- 学生団体
- ボランティア
- インターン
- 留学
あたりといったところだろうか。
この世の中にある仕事なんて、星の数ほどある内のオリオン座ぐらいしか知らない。
ましてや就活の時に出会える企業なんてのも、約420万社以上ある内の100社程度。
その中から自分に合ってるかどうかとかなんて、選び切れるはずもないじゃないかって。
しかもそれをこれまで何も考えてこなかった人が、就活がはじまる時期になって
急に考え始めるんだから、もっと視野が狭くなるし、盲目になってうまくいかない。
なんかもう、これは失敗して当たり前なんだろうなとすら思えてきた。笑
>>関連記事 :僕の人生を変えた出来事は、就活の時の人事との出逢いだった
集団心理による焦り
「あの人は個性的な道を選んだ」
「あいつはやりたいことをやってる」
でも
「自分は何がしたいのか分からない」
「決まってる人が羨ましい」
って比較の氣持ちももちろんあった。
その中で、なんか見つけなきゃとか、これにしよう!って決断をしていくんだけど
なんか違う。。。自分には合ってない!もっと合ってるものがあるはず!ってなってて。
合うものはどこだ!とか、やりたいことは何だってのを探したり、選ぶんだけど
全然しっくりこなかったり、違うなって思っては変えたり、やめたりの繰り返し。
これはきっとぼくだけじゃないと思う。
>>関連記事 : お前と出逢わなかったら、こんな氣持ちになんかならなかったのに
そもそもの視点が違った
2005年頃に流行ったこのオダギリジョーのCM「どうする俺?」覚えてますか?笑
わかりやすくすると、きっと20代の内はこの手持ちのカードが極端に少ないんだなって。
その中から選ぼうとしても、合わないことは多々あるし、向き不向きだってある。
その選択の数も少なければ、自分とのマッチング性能もよくわかっていない。
そりゃ不一致しまくりだし、投げ出したくなるよなぁって染み染みしてるなうです。笑
そんな今だからこそ思うのは【自分を知る】これに尽きるなと。
- どこを伸ばしたくて
- どこを補いたくて
- どこをもっと知りたくて
って自分にフォーカスをしては、トライ&エラーを繰り返してかないと分からないよなって。
もしこれを知っていたら
そもそもこのことを知れていたとしたら、とにかく学生時代の内に色んなことを経験して
いろんな人に会っては、いろんな話を聞いて、とにかく手札を増やすと思う。
そりゃ、社会人だけでなく、芸人でも、俳優でも、デザイナーでも
裏社会の人でも、ホームレスでも、幅広い人たちの話をこれでもかってぐらいに。
そこから、企業と合うかどうかではなく、企業に共感するかどうかでもなく
あくまでステップアップの一部分として、この技術やスキルが欲しいからとか
自分にない部分が補えるからといった理由で会社を選ぶんだろうなって。
良い意味で高望みしない。期待もしない。若造ができることなんて限られてるんだし
やりたいことがあったとしても、いきなりやりたいことに辿りつける訳でもない。
やりたくないことをこなしつつ、結果を出しつつ、やりたいことにありつく。
その順路を通った方が、人としての幅も広がるし、経験値として大きいんだろうなって。
この1年間、好き勝手やりたいことだけをやってきたように思えて、その中には
やりたくないこともたくさんあったし、やりたいことだけを自由にやってると
それ以上の成長は全くもってないなって、身を以て実感してる。
- どうやって自分の時間を捻出するか
- どうやって人間関係をうまくするか
- どうやってやりたくないことを処理するか
- どうやって支出を抑え、給料以外の副業で稼ぐのか
高校や大学のうちにこれらに対する、自分なりの対処法や答えを出すように努力する。
いい意味で、その方が自分としての視野も広いし、文句も垂れ流さないだろう。
そもそもなんで仕事をするんだろう
考えたらキリがないのだけれども、この機会になぜ仕事をするのかを考えておこうと思う。
- 生計を立てるため
- 家族を養うため
- 社会に恩返しをするため
- だれかの役に立つため
- 自分の経験を積むため
- 自分のスキルや知識を上げるため
- 人生に生きがいを得るため
- 人脈を広げるため
おおざっぱにあげれば、自分の中では、これだけの仕事をする理由が見つかってくる。
>>関連記事 : 人はなぜ働くのか?毎月1000万貰えたら働くなくなる?
企業に就職して働くのはなぜだろう?
最近「就職して働く」という経験もしてみたいなと思うようになってきた。
ただ、自分の場合、特殊な経歴なため、面接でいろんな質問をされることが想定できる。
ここでは、その想定される質問に矛盾しない回答を用意するための自分なりの回答を
用意するべく、このタイミングで「就職して企業で働く」場合のなぜなぜを考えてみる。
▶︎メリット
- 就職することによって、可もなく不可もなく、能力や業績に関係なく固定給がもらえる
- 「社会人という肩書き」により、銀行や行政からの信用が得られる
- 会社という名の「組織」で動くことになり、大人数で連携して仕事をしていく
▶︎デメリット
- 時間にある程度の融通は利かなくなる
- 基本的に給料が短期間で二次関数的に上がることはなく、右肩上がりになる
やべぇ。全然思いつかない。笑
逆に、このまま個人事業主・フリーランスとして仕事をしていく場合のことを考えると
▶︎メリット
- 自分の裁量で働く時間や日にちを決めることができる
- 頑張り次第では、すぐに二次関数的に給料が増える
▶︎デメリット
- 肩書きがないため、社会的な信用はない
- 最初は安定しない、安定するかどうかは自分次第
- 自分で全てをコントロールする必要があるため、マネジメント力が求められる
書いてて「ここじゃないな」って思うようになってきた。少し角度を変えて考えていく。
影響を受けた選択でなく、自分の意思を確認すること
少なからず、自分の意思決定は「だれかの影響を受けたもの」であることが多い。しかも大体が無意識で、いつの間にかそうなってしまっていることが多い。
— はやて@シェアハウス満員㊗️御礼 (@hayate_cwrkh5) 2017年3月14日
だからこそ、ふとした時に「自分はどうしたいのか」に立ち戻らないといけない。よく考えねば。
色んな人の色んな意見やアドバイスを聞いていると、多々迷うことがたくさんある。
少なからず、自分にとって影響力の強い人からの助言は益々影響を受けてしまうことが多い。
正論は腐るほどある。
だれかにとっての「正解」は、自分にとってそうなのか考える必要がある。
人によってこの「正解」は違うからこそ、「自分にとっての正解」を明確にしておくべき。
だからこそ、そんな時に立ち戻るべきなのが「自分はどうしたいのか」というところである。
色んな意見や助言を参考にしつつ、自分のWANTSに重ねてMIXさせていく。
この作業を怠ると、無意識に「自分の選択」でなく、「影響を受けている人に寄った選択」になる。
ぼくはこの傾向が大きいからこそ、こうしてブログで逐一自分の方向性を確認するようにしている。
>>関連記事 : 人生とは正解を自分で作るしかない「終わりなき旅」なんだ
どんな生き方・ライフスタイルを実現したいのか?
どんな仕事をしたいのか、どこで働きたいのかよりも先に考えるべきなのはここだった。
「どんな生き方をしたいのか?」
「どんなライフスタイルを実現したいのか?」
これが欠けてしまっては何も見えてこない。
いわゆる自分の中での正解を改めて定義しなおすタイミングでもあったのかもしれない。
俗にいう「軸」なるもの。ここを明確にして、それから逆算した選択をとっていけるように。
つまり「何が自分にとって幸せ」であるかを明確にすることと同意。
自分にとって一番幸せな状態とは何か?
何ヶ月かぶりに、おばあちゃんに会ったらめっちゃ嬉しそうだった。最近右手が痺れて手術したみたいで。
— はやて@シェアハウス満員㊗️御礼 (@hayate_cwrkh5) 2017年3月12日
「痛いけど、元氣でいたいから頑張ったんだよ」って。
沖縄に出発する前は「もう長くないから…」だなんて弱音吐いてたのに。あぁ、こんなにも生きる希望になれてるんだなって身に沁みた。
- 両親や弟妹、親戚やおじいちゃん・おばあちゃんとの時間を確保できること
- 自分の家庭を持つこと
- 子どもができること
- 子どもや奥さんとの時間を確保すること
どんなに充実した人生だったとしても、ここが欠けてしまっては元も子もない。
一番軸にあるのはここで、何があっても譲れない部分は、ここなんだろうな。
少し前までの自分は「社会を変えるんだ!」的な、でっかいことを言っていたのだけども
そう簡単に社会は変えられないし、人だって変わらない。そこまで大きく考えなくても
自分の家族や自分の家庭だって一社会であると思えば、考え方も変わってくる。
そもそも、自分や自分の家族、自分の家庭を幸せにできないやつに
社会を変える・幸せにすることなんてできる訳がない。それは至極当然のことだよね。
自分が社会にできることといったらなんなのだろう
「何か大きなことを成し遂げねば」
— はやて@シェアハウス満員㊗️御礼 (@hayate_cwrkh5) 2017年2月19日
って暗黙の了解みたいなものが少し前の自分にはあったのだけど、全然そんなことなくて。
「どれだけ自分がしあわせな時間を過ごせたか」
の方が、記憶にも思い出にも残るなと思い始めた。
社会を良くせねばって人たちには、とても敬意を払っていて
— はやて@シェアハウス満員㊗️御礼 (@hayate_cwrkh5) 2017年2月19日
でもそれと同時に、個人が「自分のしあわせ」を自分で満たせるようになったら、社会を変える必要なんてないよね
一見「エゴ」のようにも見えるけど、自分のしあわせを自分で用意できると、余裕ができて人にも分けてあげられるんだろうな
いい意味でも、悪い意味でも、いまの自分は「どれだけ自分を幸せにするか」に照準を合わせてる。
だから、それを達成できないのであれば企業で働こうとは思えないのが正直なところ。
このツイートに全てが詰まってる氣がする。社会に対して何かお返しするのであれば、
- 自分のしあわせを自分で用意できる
- 自分の人生を自分で決めることができる
- たった一度きりの人生を悔いなく過ごす
ここら辺が、やりたいことになってくるんだろうな。
こういう人たちが増えれば、社会変革なんてしなくても、きっとしあわせな人で溢れるから。
ちょっと前まで、「社会を変えねば!」とか「人の人生を良くするんだ!」って意氣込んでたんだけど
— はやて@シェアハウス満員㊗️御礼 (@hayate_cwrkh5) 2017年2月19日
順番が違って、とにかくまずは自分が最高に楽しくて、納得できる人生を送らないと説得力がなければ、影響力もない
そもそも他人や社会なんて、そう簡単に変わらない。変えられるのは何より自分。
家庭や結婚に対する憧れと不安や悩み
- 奥さんと一緒に子育てをする
- 育休は当たり前
- 家事は100%手伝うのが当たり前、任せっきりはなし
- 子どものやりたいことは全てやらせてあげる
あたりも、自分の中では譲れない部分だなぁ。
でも、この歳になってみて、はじめて結婚とか自分の家庭を持つことって相当大変なんだなって。
よく考えてみただけでも、不安や悩みなんてのは、底なし沼のように溢れ出してくる
- 結婚はいつするのか
- 結婚式はどうするのか
- 誰を呼ぶのか
- 式はどれぐらいの規模にするのか
- 住む場所はどこにするのか
- 子どもは何人生むのか
- 生むとしたら適齢は何歳なのか
- 子どもの育て方はどうするのか
- 具体的にいくら稼ぎが必要なのか
などなど。
最近周りで結婚する人が増え始めたから、これを機会に真剣に考えてみると
まぁ、悩みや不安が多いのなんのって。笑 しかも1人で考えたところで意味がない!笑
相手と一緒に真剣に考えていなかきゃならないものだとすると、自分の中で
「結婚」というものに対するハードルが上がったりして、困っちゃうね。笑
いうて、唯一の救いは、自分が「男」であるということ。
もし自分が「女」だったらと思うと、こんな悩み事じゃ尽きないんだろうなって。
男から見る「女性の出産」について考えてみる
いい意味でも、男が結婚するのはいつでもできると言っても過言ではない。
もちろんそれは女性にも共通なのだが、「子どもを産む」となると少し話は変わってくる。
ぼくの家庭は、5人兄妹で、一番下の弟とぼくは15歳も離れている。
母が弟を産んだのは、35歳を過ぎてからの高齢出産で、その時血圧が200を超え
母子ともに危ない状況だったのを、今でも忘れずによく覚えている。
その状況を目の当たりにしてからは、高齢出産は危ないものだと学んだし
歳をとればとるほど、「健康な状態で子どもを産む」のは大変なことなんだと学んだ。
ましてや子どもを身ごもってる時の身動きのとれなさも垣間見てるし
産んでから育てるまでの、昼夜問わず付きっ切りで育てているところも見てきた。
それなのに子どもなんて、そんな親の苦労を知ることになるのは自分が親になった時な訳で。
残酷なまでに、あれやこれや言ったり、どっか行きたいとか、あれがやだとか言う。笑
そんな状態の中「どうして分かってくれないの?」って100%なるよなきっと。笑
でも、それを子どものせいにはしたくないし、自分で選んでるんだって思うようにして
頑張った分だけ自分や奥さんにご褒美用意したり、支え合っていくものなんだろうなと。
出産している間にも、男以上に女性にだってやりたいことがたくさんあるはずで。
働きたいかもしれないし、好きなところに行きたいかもしれないし、
何もせずにのんびりしたいかもしれないし、自分の時間が欲しいかもしれない。
となると、「子どもを産みたい女性」からすれば結婚は早い方がいいんだろうし
なるべく出産時に融通が利く人を選びたくなるのは当然の話なんだろうなと。
小さい頃に考えてた「夢のような結婚とは程遠い現実的な話」になってるね。笑
そりゃ「好き」とか「愛」だけじゃやってけないのは明白な話。笑
となると、生計を立てるために働いて、奥さんを支えられないのは本末転倒だね。
年の差婚は賢い戦略だと思う
男が30代付近で収入も落ち着いてきて、女性が20代前半の結婚っていうのは
戦略として、大いにありだと思うし、理にかなってるとすら思う。
20代の早いうちに結婚したい男は、しのごの言わずに経済力を身につけることが
早く結婚できる手っ取り早い戦略だとも思うし、これも理にかなっていると思う。
少なからず、これまでに色んな夫婦や、いろんな結婚、いろんな家庭を見てきたから
自分は勢いで結婚することは100%ないと言い切れるけど、このままだと結婚できないなとも思う。
今になって思う「お金」の大切さ
(出典 : 楽天BLOG)
闇金ウシジマくんにこんな名言がある。
【金が全てじゃねぇが、全てに金が必要だ】
昔は「お金なんてなくても!愛があれば!」とか言ってたような若造で。笑
もちろん今となっては、そんなことは絶対に口が裂けても言わないようになった。
確かに、お金の必要ない生活ってのも実現しようと思えば実現はできることを最近学んだ。
- コストを下げて自給自足するべく田舎暮らし
- 無駄な支出を減らす(交通費・交際費・娯楽費など)
- お金をかけずに時間をかける
あたりかな。できないことはない。ただ、あくまでまだまだこれはマイノリティー。
世の中は「貨幣ありきで動いている」からこそ、万が一の時に「貨幣」がないと困る。
- 親が倒れた
- 大きな事故を起こした
- 身近な人がお金で困っているから助けたい
こういう窮地に立たされたことがないから、甘いことが言ってられるんだなとも感じる。
こういった万が一以上にも、「貨幣ありきで動いている」ことは他にもある。
- 交通網
- 通信費
- 制作活動
- 他の人
いい意味でも悪い意味でも、この「貨幣」の呪縛から自分だけが逃れたとしても
周りは変わらないのだから、根本的には逃れられるとは言い難いことも学んだ。
「お金」を使うことは「時間短縮」と同じ
ぼくは去年の10月に20日間かけて、自転車で沖縄まで移動したのだが
19日間と4万円という時間とお金がかかった。これはいい勉強になった。
もちろんこの時間の中でしか得られない経験や学びもたくさんあったのだが
何より、事実としてLCCなどの格安飛行機を使えば、安い時は片道3,000円と3時間で移動できる。
残り18日と21時間あれば、果たして何ができたのだろうかとすら思えるようになった。
いい意味で交通網には初めて感謝したし、そのありがたみも重々感じれることができた。
「お金を使う」ことは「時間短縮」という構図は間違っていないと思う。
例えば、
- 美味しい一流料理
→それを作れることになるまでの時間と、一流の材料を一から完璧に育て上げる手間
- スーツ
→蚕などを育てて、その糸を紡いでは、色染めして合体させるまでの工程
- 好きなアーティストのライヴ
→時間をかけて創り込まれたセットリストや、曲を完成させるまでにかかった時間など
そう考えてみれば、お金を使う時に「高いか」「安いか」の基準だけではない選び方ができるようになった。
まさに【Time is money.】とはこのことなんだろうな。
車を買うにも、家を買うにも、それを創ってくれた人たちの時間に対するお礼。
まだまだお金のことはたくさん勉強しなくちゃいけないな。
それでもなお一度きりの人生という事実
(出典 : えび速)
ドラクエやゼルダなどゲームと違って、死んでしまえばそれで終わりなのが人生であって。
セーブしたところからやり直しなんてのもできないし、ザオリクとかの復活の呪文もない。
この事実は時に恐ろしく自分にのしかかってくるというか笑
現実と理想のGAPにどう立ち向かっていくかが人生の醍醐味といっても過言ではない。
ぼくの場合だと、
- 役者もやりたい
- 結婚もしたい
- 会社で働いてもみたい
- ゲームもしたい
- 美味しいものもたくさん食べたい
- 行きたいところにも行きたい
- 子どもも欲しい
みたいな、どっちかを選べば、どちらかを捨てなければならないような選択肢がズラり。
なんとかして、一度きりの人生で悔いなく全部やる方法はないものかねとも思ってしまう。
0か100ではなく、塩梅を探すのもありか
ぼくは比較的欲はないほうだが、完璧主義で一切の妥協を許さない傾向がある。
けど、ここ最近では「妥協は必要なもの」だとも思ってきた。
もちろん全部が全部、完璧に自分の望む通りにできればそれに越したことはないけど
自分という人生は一度きりしかなく、全部やりたいのならどこかで折り合いをつけていかなければなと。
全部に100%を求めると、何かを捨てて何かを選ばなければならなくなるけど
例えば役者は趣味で続けるとか、自分の時間を削ってまで結婚や子どもの時間を作るとか。
そうやって「自分の幸せや譲れないもの」を基準として、取捨選択していくんだろうなと。
0か100かだと2択しかないけど、その間に1〜99までの選択肢があるし、
その塩梅を探していくのも悪くないし、むしろこっちの方が良さそうだなとも今では思う。
自分1人の選択内での塩梅だけではなく、自分の家族や、奥さん、家庭との相談なんてのも
この塩梅にかかってくるんだろうなとも思ったり。その方が面白そうだなって。
もちろん、全部が全部都合のいいように・自分の思い通りにいくことは少ないと思うけど
できることなら、なるべくそう選べるような今を準備期間にしていきたいなと思う(*^^*)
究極言ってしまえば、人生に意味なんてない
- 生きる理由
- 働く理由
- 結婚する理由
なんてものは、明確な「答え」は存在しないし、人生に意味なんてものもない。
それは生物としてみれば至極当然なことで、子孫を残すことぐらいが意味だろう。
ただ、幸運なことにぼくは「ヒト」に生まれることができたので
「考える」ことができるし「何かに意味をつける」こともできる。
全てのことに意味をつける・つけないも自由。
「自分にとっての正解」を決めることだってできる。
何が幸せかも自分で選んで決めることができるし、そういう意味では、もうぼくは自由なのかもしれない。
この記事が、読んでくれた20代の皆さんにとっての自分の正解や人生について
考えるキッカケとなれば嬉しいです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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